１９９２年５月５日（火）
　夢の涯てまでも 　　ＵＮＴＩＬ　ＴＨＥ　ＥＮＤ　ＯＦ　ＴＨＥ　ＷＯＲＬＤ 
  スバル座

    ベニス→パリ→ベルリン→リスボン→モスクワ→北京→東京→サンフランシスコ→オーストラリア。
　　前半部はロード・ムーヴィー。後半部はオーストラリアのアボリジニの部族の地での「夢」の実験。
　　２時間３８分の長さの中に物語はまとまりきらず、その上映時間の長さから生まれてほしい冗長な
　　魅力もないのはマイナス。ロード・ムーヴィーの部分の魅力は何か。少しでも見ていることの満足度
　　となるのは、近未来の様々な装置にあるか。あるいは、世界各地での、その都市における近未来の
　　風景か。
　　後半部、ジャンヌ・モロー扮する盲目の母に映像を見せるという物語は感動的である。そこには、
　　「見る」ことに対する全ての魅力の凝縮があるかのようだ。
　　映画を企画だけで評価することはできないが、ヴィム・ヴェンダースがこの「夢の涯てまでも」を
　　作ったことは、それだけで考えさせてくれるものがある。
　　無国籍ということば自体が死語のようだが、舞台となる国の多さ、製作に関わる国の多さ。出演者
　　を見てもドイツ人、アメリカ人、フランス人、アイルランド人、日本人、そして、アボリジニ人と
　　いう多さ。ヴェンダースにとってドイツを本国とし、同じヨーロッパということでフランスが登場
　　することには驚かない。アメリカが登場することはどうであろうか。アメリカ映画との係わり、
　　アメリカ文化との係わりがあるのだろうし、「アメリカの友人」、ニコラス・レイ、「ハメット」
　　との関連がある。そして、日本が登場する。ヴェンダースにとって、小津映画との係わりに始まる
　　日本とは。「東京画」、ヨージ・ヤマモト、「都市とモードのビデオノート」との関連がある。
　　数年前「東京画」を見た時、私は、今世界で最も注目されている監督の一人であり、私が最も好きな
　　現役監督の一人であるヴィム・ヴェンダースの映画が、日本を舞台としたものであり、日本語発声の
　　映画であることに深い感動をおぼえた。その感動が今また思い起こされる。「夢の涯てまでも」より
　　「東京画」の方がより感動的な映画であるとはいえ、「東京画」があくまでもマイナーな、映画研究
　　的な映画であるのに対し、やはり、この「夢の涯てまでも」は世界に発せられたメジャーな映画なの
　　である。そのことにこだわることは何の意味もないのだが・・・。あらためて、ヴェンダースと日本
　　との関係性を感動を持って知ることになる。

　　それにしても、かつて、これ程までに国際的な映画はあったのだろうか。おそらく、世界初の国際的
　　な映画なのであろう。
　　蓮實重彦氏による"「越境」の映画監督"という表現があるが、まさに国境をすんなりと越境した
　　全地球的ムーヴィーである。そのことに価値があるかどうかは、この映画の場合は疑問ではあるのだ
　　が・・・。
　　ヴィム・ヴェンダースの私的要素のある映画ではあるが、やはり大作である。かつて様々な監督が
　　大作を撮ることになったのだが、ヴェンダースもすでに「パリ・テキサス」「ベルリン天使の詩」で
　　大作主義におちいっていた気がする。
　　それにしても「夢の涯てまでも」はヴェンダースの集大成なのか。ヴェンダースにとって、「夢の
　　涯てまでも」の前にすでに「ことの次第」（リスボンが舞台。「夢の涯てまでも」のオリジナルの
　　要素あり）、「アメリカの友人」（アメリカへのこだわり。ニコラス・レイへのオマージュ。ヨー
　　ロッパの横断）、「パリ・テキサス」（アメリカを舞台）、「東京画」（東京を舞台）、「ベルリン
　　天使の詩」（ベルリンを舞台）がある。これらの映画が「夢の涯てまでも」の前置きのようなもので
　　ある。そういう意味で「夢の涯てまでも」で新しいことはオーストラリアを舞台にしていることで
　　あり、オーストラリアの現地人アボリジニが重要な登場人物になっていることである。そして、
　　盲目の人が映像を見ることができるという物語が新しいことなのである。
　　こう見てくると、何も大作にせず、もっと上映時間を短くし、オーストラリアを舞台とし、映像への
　　ヴェンダースらしいこだわりと考察である物語に限った映画にした方がよかったのではないかと
　　思える。
　　　　
　　１９９１年／日本＝ドイツ＝フランス＝アメリカ＝オーストラリア映画／日本ヘラルド配給／
　　カラー／２時間３８分／
　　監督：ヴィム・ヴェンダース／製作：ジョナサン・ダブリン、アナトール・ドーマン／
　　脚本：ヴィム・ヴェンダース、ピーター・カーレイ／撮影：ロビー・ミューラー／
　　音楽：グレアム・レヴェル／
　　出演：ウィリアム・ハート、ソルベイグ・ドマルタン、ジャンヌ・モロー、笠智衆